旅するブログ!

写真家 大学のチベット、中国、ベトナム、カンボジアなどの秘境辺境、祭りの写真と文章!
日本の秘湯ツーリングなど、旅するブログ!

<< September 2018 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>

2008.11.30 Sunday

貴州省凱里!第一回国際古笙節より・・・ミャオ族の少女・・・



2001年の国際古笙節。

国際と銘打っているがなぜ国際化は不明・・・。
第一回に立ち会えたというのは、ラッキーだった。

プレスは、香港と白人が数人・・・もちろんCCTVその他TVも・・・

普通は村ごとに開かれる祭りだが、それをすべて集めて
パレード&踊りをさせようという試みがこの古笙節なのだ。

この子の飾りは、黄里周辺だろうか・・・
このあたりは村によって飾りの形が細かく違う。

この後、数年、黄里周辺の祭りに何回か行ったが、
この子に会うことはなかった。


目とアヒル唇が印象的。



2008.04.01 Tuesday

中国!貴州省!凱里!第一回国際古笙節より!苗族の少女!



第一回の凱里開かれた国際古笙節。
各村ごとにプラカードを持って、街中を行進してくれるので、
部落ごとの衣装の特徴などが分かりやすい。

ほとんど曇りの日という貴州でもさすがに真夏は暑い。
20キロを超えるといわれているこの衣装もあって、
女の子たちは皆バテ気味だ。

この一見クールそうな女の子も
「暑いな!」
といって、口を尖らせていた。

見かけによらず、その言い方がとても子供っぽくて、可愛らしかった。

頭の飾りは、水牛の角をかたどったもので、おそらく雷山周辺(雷山ではない!)の村だったと思う。

伝統的な衣装だが、ワイシャツの着こなしが今時なのだろう!
靴も民族衣装がなくて普通の布靴だったする。

2006.11.14 Tuesday

貴州省・姉妹飯・ニャンコの目!



貴州の祭・姉妹飯での写真。
貴州高原は、その名の通り、日が差さない日が多い。
日が陰れば結構寒くなるので、祭を見に連れてこられた赤ちゃんも寒くないように毛布にくるまれている。

真新しい毛布に、秋葉のコスプレーヤーもビックリの猫耳の帽子。
生まれたばかりで、見るもの聞くものビックリ顔のニャンコの目!

苗族(ミャオゾク)ならぬ、猫族(マオゾク)・・・か・・・??

2006.11.11 Saturday

貴州省・人買いバスが行く!

凱里人材市場


90年代後半には、省都及び主要都市から、沿海部へのバス路線が整った。

毎年、苗族の祭のために、凱里を拠点に各村をまわっていた。
凱里は、長距離の鉄道の始発駅ではないので、寝台を取れる可能性は、ほとんどない。
いつも、中距離バスで刻みながら広西省へ行ったり、貴陽まで戻って、広州までの寝台を買っていた。
そうすると広州まで3日はかかることになる。

どうにかならないものかと思って、バスターミナル辺りを歩いていると、
「広州行き」「珠海行き」看板が出ている。
この手のバスは、ほとんどが出稼ぎバスで、2泊3泊するにも関わらず座席バスだったりする。
90年代初頭の長距離バスは、夜には安い旅社で泊まったものだが、90年代半ばでは、
バスの運転手が2人になり、ノンストップが主流になっていた。

ノンストップで2泊3泊はきついので、寝台かどうか確認した。

寝台バス!で値段も格安!しかし・・・珠海行き・・・だった。
いつも、広州、シンセン、香港というのが、帰りのルートになっていた。
珠海はよく知らないし、広州で飲茶もしたいので、そのまま帰ろうとすると・・・。

「広州?行く行く・・・さぁ〜乗って乗って・・・」
と怪しげな男に促されてバスに乗った。(中国人はみな怪しげなのだけれど・・・)
切符を買ってないというと、珠海行きの窓口で、聞いたことのない町行きの切符を買わされた。

すぐ出る・・・と言うけれど・・・一杯になるまででないのが中国のバスだ。
食糧も十分買い込んだ。5〜6時間余裕で待てる!
夕方になり、車内はまだ5〜6人。当分出ないなと思っていると・・・、
突然エンジンがかかり、ゆっくり動き出した。

一番前の寝台一人席には、真っ赤な口紅をつけた女性。
日本人から見れば、昭和の場末のスナックのお姉さんという感じだが、
中国人は、こういう派手派手でケバケバくらいが好みらしい。
おとなしめのあっさりは、日本人には、人気があっても中国人には、人気がない。

この席は、そういうドライバー好みの女性が座る。
そして、当然ながら、特別待遇を受ける。
女は女で、中国流の色気を振りまく・・・。
香港映画で美人役の女性がするようなしぐさだ。

バスは、凱里から東方・株洲方面に向かう、そこから南下して広州に入る。
日が暮れて、うとうとしていた。気が付くとどこかの村のバス停に入っていた。
かなり深い時間帯だった。

何処からともなく、子供たちの集団が乗り込んできた。
小さい子が多く騒がしい。
バスが一杯になった。二人用のベッドに子供4人座っている。
通路にも子供たちが体育座りしている。
旅行?遠足?急に眠くなって、寝てしまった。

朝気が付くと、やはり子供たちが一杯だった。
行き先の切符を見ながら、きいたことのない町の場所を地図で探した。
中国全土のドライバー用の地図を持っていて、この地図に載っていない場所はない。

やっと探し当てたその目的地は、広州のもっと先の小さな村のようだった。
簡単に言えば「ボラレタのだ」・・・大した金額の差ではないが、気分が悪い。
香港ですでに映画デビューした後だったので、また一芝居うった。
休憩中のドライバーを呼び出し、場所が違うじゃないかと言い、
「日本人を騙したら、どうなるか分ってるの?知らないよ〜」
「広州の公安に友達もいるし、外国人に対する犯罪は重いよ」
「チベットで鉄道建設に行かされるかもね!1〜2年でみんな死ぬらしいけど・・・ふふふふ」
・・・と、静かに脅かした・・・。

ドライバーの顔が、真っ青になり、そのまま四つん這いで、財布を取りに戻り、
無理やり作った笑顔で、差額を差し出した。
そして、あれこれ聞いてもいないことをベラベラ喋りだした。

気になっていた子供達のことを聞いた。
「彼らは何処に行くの?」
「トンガンだよ」

・・・そうだったか・・・ああ・・・

トンガンは広州とシンセンの間にある工業地帯で、出稼ぎ者たちは、大抵この灰色の町で働く。
しかし、このバスに乗っている子供たちは、10歳前後の子供が多く5,6歳と思われる子供もいた。
深夜に乗り込んできたことを考えると、やはり見られては困ることなのだろう。
普通は一杯にならないと発車しないバスが、わずか5人の乗客で出発したこと・・・それから・・・
珠海行きなのに、方向違いの広州、トンガンまで行くこと・・・

やはりこれは何かの犯罪行為なのだろう。

「人買い・・・か・・・」

中国でも最貧の部類に入る貴州では、その貧しさゆえ、人身売買が多い。
人身売買とは、風俗店だけでなく、農村の労働力、嫁、そして、工場の労働力など様々な用途がある。
さらって来る場合もあるし、親が売る場合もある。

子供たちは無邪気に、何かペチャクチャお喋りをしている。
バスに乗るのが楽しいのか、遠足に行く子供と同じような感じだ。

当時バンコクでの人身売買の話を聞いていた。
ミシンがけの繊維工場で、16時間労働なのだということだった。
その工場が火事にあって、焼け跡から、足を鎖につながれた子供の焼死体が発見された。
誘拐された子供達だったようだ。新聞で報道され、後の子供の人権保護の運動に繋がる。
法外に安い衣類を見つけると、そんな子供達が作ったものなのだろうかと複雑な思いがした。

今目の前で無邪気にはしゃいでいる子供達の行く末を考えると、胸が熱くなった。
無性に腹が立って、人買いはどいつだ・・・と、後ろを振り返ると、
よれよれの人民スーツを着た濁ったの目男が一人いた。
こいつはタダの使い走りだ。・・・また腹が立った。

大きなドライブインに着いた。
ここで食事が取れる。
さっき散々脅かしたので、ドライバーは私を食事に招待した。
真っ赤な口紅の女、人買いも一緒だった。

招待といっても、ドライバーの食事代はタダだ。
沢山のお客を乗せてきてくれるドライバーの特権なのだ。
メニューは大抵、鳥鍋だ。中国では、鳥肉が一番高いからだろう。
赤い口紅の女は、相変わらずドライバーにフェロモンを振りまき
ドライバーは、大いに酒を飲んだ。
人買いは無口で、私は、食欲がない。

早々に食事を切り上げて、下に降りた。

アイスクリームを買おうと手に取った。
「買うのか?」といつのまにかドライバーが横にいた。
店員に目配せして、タダになった。

すぐ脇に、子供達がいて、弁当を買っていた。値段を見ると10元。
財布からくしゃくしゃの札を出して弁当を1つ買っていた。
子供達もずっと何も食べていなかったので、何か食べないといけなかった。
1つの弁当を二人で食べていた。悲壮感はない。余計に悲しくなった。

一番貧乏な人が高いお金を出して弁当を買っている。

俺は、タダ飯にタダのアイスクリーム・・・最低だな・・・と思った。


広州には、バスの故障もあって4日かかった。
早朝、広州駅付近に下ろされた。ほかの客もみな広州で降りた。

子供たちだけ乗せた「人買いバス」は、灰色の街へ消えていった。

2006.11.01 Wednesday

貴州省・施洞・川で泳ぐと・・・!



貴州省施洞。祭の日だ。
川原では、子供たちが、水浴びに熱中していた。
日が隠れれば肌寒い貴州高原も太陽さえ出れば、川で水遊びもできる。

でも・・・やっぱり、寒い!

2006.08.02 Wednesday

貴州省・姉妹飯・祭の日此ΑΑΦ△蠧察ΑΑ

 
貴州苗族・姉妹飯・帰り道


祭の後、家の近い人は、歩いて帰る。
夕闇に包まれながら、「衣擦れ」ならぬ、
鈴のような銀飾りの音が、家路を急ぐ。

木造の家に、裸電球、家々からは、オレンジの光が漏れ、
カマドから煙が昇る。

土間に20センチ程度の低い椅子を置いて、
祭の日の夕食が始まる。




※右クリックして、ループ再生のチェックを外すと、画像が止まります。

2006.08.01 Tuesday

貴州省・姉妹飯・祭の日后ΑΑζ牛・・・

 
貴州・姉妹飯・闘牛
 


姉妹飯の祭では、闘牛も行われます。
闘牛といっても、「スペインの闘牛」と違って、
牛どうしが頭と頭をゴツンとぶつけて、
「イテッ」っと、相手にお尻を見せたら負け・・・
というかわいらしいものです。
大事な牛をそう簡単に殺せませんからね。

あまり盛り上がりませんでしたが、
ほのぼのした祭気分は十分味わえました。

この手の催しは、大きいお金を賭けないとダメなんでしょうか?

2006.08.01 Tuesday

貴州省・姉妹飯・祭の日

 
貴州苗族ファンキーウーマン!


この祭で、一番ノリノリだったファンキーウーマン。
どの祭にも一人くらいは、こういうサングラスの女性がいた。

これも祭のために用意したんだろう。

女の子の踊り以外にも男たちの道化芝居や闘牛、
鳥の鳴き声を競うものなどがある。


2006.07.30 Sunday

貴州省・姉妹飯・祭の日

 
施洞苗族


昨日に引き続き苗族です。
衣装は、ほぼ完成です。
知り合いに似ていたのでつい撮ってしまいました。

こうして見てみると、この衣装は、
日本人にもに合うんじゃないかと思います。

アクセサリーは、銀飾りということになっていますが、
実際は、錫メッキだと思います。

銀に近いようなアクセサリーもあるにはありますが稀です。

旅行中の日本人に写真を見せて、話をすると、
男女では相当好みに違いがあることが分りました。

昨日の女の子は、日本人女性に好まれる顔立ち。
今日の女の子は、男女に偏りのない中間的な写真です。

90年代中ころは、キリッとした強そうな子が人気で、
ちょうど安室ちゃんがソロになって、強そうな歌を歌っていた。

2006.07.29 Saturday

貴州省・姉妹飯・祭の日

 
娘の衣装を直す


姉妹飯の祭。施洞、六合付近はこの衣装が多い。
これに水牛か鳳凰の冠というか大きな「かんざし」を差す。

衣装は重いので、会場の河原で着替える。
笙の音に合わせて踊る踊りはゆっくりで単調だ。

服を着替えたり、踊りに疲れて休憩を取っているときのほうが、
素の表情が見れて楽しい。

「何処から来たの?」
「日本から祭を見に来たんだよ」
「日本って・・・バスでどのくらい?」

本気とも冗談ともつかない会話。

「すご〜〜く遠い」

この後、祭は急な雨でなんとなく終わってしまった。

雨は降ってもみんなニコニコして帰っていった。

▲top